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秋のポーランド その3(第6日〜第8日)


 第1日〜第2日  はじめに およびベルリンとポツダム
 第3日〜第5日  ポーランド 入国〜ティヒの狩猟の館ホテル


 第9日〜第10日  スロバキア スピシュ城〜トレンチーン
 第11日〜第15日 チェコ南西部〜ウィーン、ヘルシンキ

 ポーランド/スロバキア情報

第6日 10/26(月)  117km 

HOTEL −31km→ Oswiecim −48km→ Kalwaria Zebrzydowska −38km→ Wieliczka


収容所の入口
有名な「Arbeit macht frei=働けば必ず自由になる」のアーチ

※同年12月18日未明、このアーチが何者かに盗まれたらしい。
オシウェンチム(アウシュビッツ) Oswiecim
城を後にしてオシウェンチムに向かう。オシウェンチムは大きな町で入口付近は大渋滞。オシウェンチムのドイツ語読みはアウシュビッツ。収容所跡は何処に有るのか道標さえ見当たらない。人に道を聞く時、どう表現して良いか分からなかったが、向こうから アウシュビッツ?と聞いてくる。
つまり、町はオシウェンチムで、収容所はアウシュビッツだと理解しているようだ。
収容所跡には民間(3zl/Hr)/公設(7zl/Day)含め大きな駐車場がある。学校から団体で来ているケースが多いようで個人客は少ない。中にはイスラエルから修学旅行に来たと思われる中学生の一団もいる(ダビデの星を描いたお揃いのパーカーを着ていた)。しかし彼らは屈託がない。
我々は戦後の昭和30年代にさかんに実写映画として紹介されたアウシュビッツの悲劇をイヤと言うほどに知っている。当時、子供心へ与えたショックは大きかった。そう言った経緯から身構えて行ったが、実際のアウシュビッツは思ったほどには重苦しいイメージはない。勿論、眉を潜める場所はいくつかあるが、子供の頃に感じたあの迫り来る恐怖感が無い。なぜだろう・・・分からない。


ビルケナウ
アウシュビッツの北西2kmにある第2収容所。アウシュビッツの4倍の収容能力を持つ。有名な収容所内への引込み線路はここのこと。

   


ゴルゴダの丘になぞられた丘の上に建つ礼拝堂
カルヴァリア・ゼブジドフスカ Kalwaria Zebrzydowska
ローマ法王ヨハネパウロ2世も度々訪れたと言う世界遺産の教会。実際は複数の小さな礼拝堂がこの一帯にあり、それらを回る巡礼公園が世界遺産の対象らしいが、その結願の礼拝堂が丘の上に聳える。
季節はずれの夕方ということで人かげもまばら。入口付近にあるみやげを売る屋台だけが日頃の賑わいを連想させる。でも、聖職者が歩く姿に凛とした緊張感がみなぎっている。
  


■今日のホテル(2泊)
Motel "Na-Wierzynka"
Wierzynka 9
32-020 Wieliczka, Poland
TEL:12 278 36 14
140zl(\4,900)/2人-朝食なし
無料WIFIあり


第7日 10/27(火) 

Wieliczka → Krakow → Wieliczka


ヴィエリチカの岩塩鉱 Kopalnia Soil Wieliczka
翌日、車をモテルにおいて歩いて岩塩鉱に向かう。ガイドツアーのみでポーランド語、ドイツ語、英語などがあるが英語は1時間先。まあ英語でも良く分からないのだからと、ポーランド語で聞くことにする(49zl/人)。
いきなり100mほど階段を徒歩で降りさせられる。中はどこにもある坑道だが、所々に工夫の慰めに作った岩塩の彫像がある。世界遺産にふさわしいほどの傑作ではない。約1時間ほどで聖キンガ大聖堂と名づけられた大きなホール状の空間に出る。岩塩で作ったシャンデリアなどそれは綺麗である。トータルで2時間ほどのツアーであるが、本来産業遺産であり、感動するほどのものではない。

ショッピングモール
クラクフ Krakow
見学後、ヴィエリチカ駅前バス停(駅からちょっと東側の駅舎側)から304番のバスでクラクフに行く(3.2zl−約30分)。クラクフ駅は超大きなショッピングモールとつながっており「ここは本当にポーランド?」と思えるほどの賑やかさである。
丸い要塞バルバカンを経てフロリアンスカ通りを抜け、中央市場広場へ。広場にある繊維会館が名所であるが現在は修復の為ホロがかぶされていた。
バルバカン フロリアンスカ門
改装中の繊維会館 聖マリア教会 ポーランドの唐辛子?







グロヅカ通りからバベル城へ。
バベル城の見学には王宮展示と王族の私室、宝物・武具博物館の他、全部で5コースもある。
メインの王宮展示(17zl/人)のみ見る。家具・調度品があまり残っておらず寂しいが、タペストリー類は見事。
バベル城 大聖堂 王宮



日本の居酒屋そのもの
見学を終えた後、城のそばにある民族料理の店フォブスキ・ヤドウォChlopskie Jadloに行ってみる
人気店であるが、まだ4時半だったので空いていた。

ライ麦を発酵させたすっぱいスープのジューレック(梅干系の酸味で日本人には合う)、ポーランド餃子のピエロギを取る。素朴な味でおいしい。
ビールの付き出しはパンの塊にレバーペースト、コテージチーズが添えられたもの。勝手に切って食えと大きなナイフが添えられている。
ビールと付出し ジューレック ピエロギ

店のそばのバス停からバスに乗ってヴィエリチカに帰る。なお、終点は更に3kmほど先の住宅街であるので、駅で降りること。


第8日 10/28(水)  150km 

Wieliczka −112km→ Debno −38km→ Zakopane

世界遺産 小ポーランド地方の木造教会
ヴィエリチカから一路南下。クラクフの南東に広がる山岳地帯「小ポーランド地方」には15世紀頃に建てられた木造教会が今でも残っている。中でも保存状態が良い6個の教会は「世界遺産」になっている。そのひとつ「デンブノ村」を目指す。デンブノ村の手前、Chabowka付近の道路沿いにも雰囲気いっぱいの木造教会があった。
Chabowkaの教会

大きな町NOWY TARGから東へ曲がり、デンブノDebnoに到着。
ちゃんと世界遺産のマークもあったが鍵がかかっていて中は見れず。説明版に寄ると付近の村にも幾つかあるらしい。

←帰り道に寄った隣村Harklowaの教会。
皆、素朴でそれぞれに素晴らしかった。


ザコパネ Zakopane
その後、スロバキアとの国境であるタトラ山地の北麓にある保養地ザコパネに移動。
事前によさそうな宿を2、3軒メモっておいたので、それらをチェックし、TWW ZAKOPANEに投宿。ポーランドの家屋は木造でグルニエ付きの3階建てが相場。ホテルも木の香り高い新築の木造であった。
Apartamenty Tww Zakopane
Makuszynskiego 14, 34-500 Zakopaneeo
160zl(\5,600/2人)-朝食なし
無料LANあり

町の中心地クルプフキ通りは歩行者天国で賑やか。歩く人も旅行者が多く軽井沢のような感じ。道のあちこちに特産品のスモークチーズ売りの露天が並ぶ。
宿は本来自炊設備のある週貸しアパートであるが、この季節は1日でも泊めてくれる。スーパーで食材を調達してきて自炊した。
   


 第1日〜第2日  はじめに およびベルリンとポツダム
 第3日〜第5日  ポーランド 入国〜ティヒの狩猟の館ホテル


 第9日〜第10日  スロバキア スピシュ城〜トレンチーン
 第11日〜第15日 チェコ南西部〜ウィーン、ヘルシンキ

 ポーランド/スロバキア情報