日本庭園巡りと神田上水 2007年5月5日 約10km
(高田馬場〜水道橋)
現在 公園になっている旧大名屋敷の日本庭園が集中する小石川地区を歩いた。
また、最近「水道々路」にハマっている私にはうれしい「旧神田上水の水路」を予期せず見つけた。
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名曲喫茶「らんぶる」 | ひたすら真直ぐに続く道路 | 面影橋 停留所 |
今は営業していないが、昔なつかしいレトロさがたまらない | 脇には「水道用地」の標識 | 東京唯一の路面電車 |
■東京染ものがたり博物館
開館日 月曜〜金曜 午前10時〜12時/ 午後1時〜4時 03−3987−0701
東京染小紋と江戸更紗を中心に東京の染めものを広く紹介。実際は「富田染工芸」の私設博物館。
そう言えば、先ほどの水道々路沿いにも「東京都染色工業協同組合」があった・・・なぜこの地に染物?
聞いてみたら、神田川の清流を求めて明治の中ほどからこの辺りに染物業者が多数集まったとのこと。
今の神田川からは考えられない。
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博物館 |
■甘泉園公園
元 紀州藩の下屋敷で園内の湧水を利用した廻遊式庭園。園の南側には「水神社」がある。
また、水神社の境内には「堀部安兵衛の碑」があり、どうも高田馬場の決闘はこの場所で行われたようだ。
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入口 | 庭園 | 隣の水神社 | 堀部安兵衛の碑 |
粋な門 | 斜面と湧水をうまく使った名園 | 義叔父・菅野老人の決闘への助太刀は有名。 |
肥後・細川家の屋敷(現 和敬塾内)の日本庭園部分。「新」が付くけど歴史ある素晴らしい日本庭園。
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神田川遊歩道 | 公園の門 | 池 | 橋 | 松声閣 |
神田川の両岸は遊歩道。流れも思いのほか綺麗。 | 昔、細川家の学問所。 |
■付近の歴史的建造物
北側一帯は緑が多く、歴史ある建物が多いのでぐるっと回ってみよう
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公園入口から北へ | 和敬塾 | 蕉雨園 | 永青文庫 | 水神神社 |
グランドと和敬塾の間の細道は静かな佇まい | 旧細川侯爵邸。現在は440名が寝食を共にする学生寮。侯爵邸だった洋館は今も使用されているらしいが、秋の文化財ウィークには一般公開される。 | まるで御殿のような家屋群で映画の撮影にも良く使用される。野間記念館と同じく講談社の所有だが一般には公開されていない。茶会や華道展などに使われることもあるので、そこにもぐり込めば入れる? なお、記念館は2007年5月21日より約1年間改装のため休館。 |
細川家が蒐集した古美術品や資料を展示公開している。 | 関口水門の守護神として祀られたが、イチョウをはじめ巨木が茂る。 |
■関口芭蕉庵 休園日:月曜
後述の神田上水建設時、工事監督として芭蕉がこの地に数年間に渡り住んだ場所。
俳聖:芭蕉と水道工事監督は結び付きにくいが、芭蕉は藤堂藩の武士で、藤堂藩が幕府より工事を命じられた為らしい。
なお、現 関口町は「堰口」から来ている。
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入口 | 芭蕉庵 | 庭園 |
休園日:毎週月曜 | 戦争で焼失し、現在のものは戦後復刻されたもの。 | さすがに芭蕉だけあって、あまり手を加えず自然を残した園内 |
■大隈庭園(早稲田大学施設)
松平讃岐守下屋敷の名園を大隈重信が文人風に改修したもの。
開園:月・火・木・金・土(4〜12月の授業実施日=ひょっとしたら夏休期間もだめかも?))
11:00〜16:00 ※雨天休園
昼時だったので多くの学生が芝生で弁当を食べていた。
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![]() 坪内逍遥ゆかりの演劇博物館(構内) |
■椿山荘
江戸時代は上総久留里藩の下屋敷だったが、山地であった為庭園は無かった。
山縣有朋が自邸として造園に力を尽くして今の形になった。戦後藤田興業傘下で結婚式場となった。
レストランも多く出入自由である(別に食事をしなくても入場可)。
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滝 | 神木 | 無茶庵への道 | 五重塔 | フォーシーズンホテル | |
湧水だそうだ | 無茶庵は文京区紅葉旅館の離れを移築。室町時代のものと伝えられる。 | 広島県の竹林寺から移築 |
■江戸川公園
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神田川沿いに東西に長く伸びた公園。 再西端部に大洗堰があった。 大洗堰:神田川の水を江戸城・内堀内の一帯に給水するため、この地点に堰を設けて取水。 以後、神田上水として後楽園遊園地北側に導き、一部を水戸藩屋敷(小石川後楽園)へ供給。 他方、現水道橋の東にあった懸樋で堀をまたぎ堀内へ供給した。 この辺のことに興味あれば文末にある「東京都水道歴史館」を見学すると良く分かる。 |
なお、以後は神田上水のウォーキングとなる。水道に興味の無い人、疲れた人は地下鉄有楽町線:江戸川橋駅がそば。
■神田上水
江戸川橋交差点から斜めに入る道がある。この道が神田上水の流れていたところ。
昭和の初めまでは実際に水が流れていたとのことで然程遠い話ではない。
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上水の道路 | 本法寺 | 小石川後楽園 | 遊歩道 | 空中ボードウォーク |
今も地名は「水道町」。図書館の名前も「水道端図書館」 | 夏目(漱石)家の菩提寺。漱石自身の墓は雑司が谷にある。なぜかこの通りには寺院が多い。隣の称名寺には滝亭鯉里(江戸時代の滑稽本作者)の墓=都文化財がある。 | 水戸藩邸の庭園。池は神田上水から引かれた。 | 南側には場外馬券売場まで遊歩道がある。途中「後楽園資料館」もある。 | 資料館の手前にトヨタ・ビルへの歩道がある。外堀通りには抜けられないが、喫煙所がある。 |
■東京都水道歴史館
水道橋駅をもう少し御茶ノ水方向に歩くとある。
神田上水から玉川上水、更に近代の水道網への発展の歴史が見える。